意外な再会
         〜789女子高生シリーズ  


       



ともあれ、探し物のバイオリンとケースは見つかった。
真っ当な手段で入手したものじゃあないのは明白だから、
店長専用の応接間だの隠し部屋だのへ警察がなだれ込みの、
その点をつけつけと追及したのへ、
ぐうの音も出なんだ彼らなのであり。
今は誰が何のためになんてどうでもいい、
1分1秒でも早く元の持ち主へと届けてやらねばと、
ゴール目指してボックスカーを始動させたこちらの面々だったのだが、

 「…追っ手かな。」

元の持ち主のところへ向かおうとする その発進よりも前から、
不穏な何かへ気づいていはしたらしい勘兵衛が、
視線をちらと動かして後続車に気がついたような声を出したが。
ぎょっとしたのだろう、え?と表情がこわばったのは菊千代のみであり、

 「任せろ。」

大きく頷いた久蔵へ続いて、平八もうんうんと大きく頷き。

 「それじゃあ、あ、勘兵衛様、そこのレンタカーの営業所へ。」

こちらも事細かな説明や刷り合わせは要らなんだか、
そうと指示を出した佐伯刑事が そちらでの運転を担当するらしく。
お嬢さん二人を連れて別の車へ分かれると、
しばらくは前後並んで進んだものの、
改めての発進をした直後、そちらの組は途中から進路を変えたものだから、

 「え?え?」

何だ何だと菊千代だけがうろたえる中、追っ手はそっちへついて行き。

 「え?え?え?」

あれよあれよと、
何も示し合わぬまま手を打ってしまったらしい彼女らであり。
何が何だかと どぎまぎしている菊千代なのへ、

「あれだけ慌ただしく名器を捜し回ってた三木さんチのお嬢様だ。
 実は捜査二課のオトリだったらしいと気づいたならば、
 普通は もはや追って行かぬはずだがの。」

「じゃあ…。」

まだバイオリンに用があるか、
それとも彼らの本当の狙いまで彼女が連れてってくれると思っているか、
………というところか。

 「計画的に盗んだらしいブツだというに、
  ケースごと早々と盗品売買のルートに乗っていたのがな。」

ヴァイオリンにもケースにも用はなかったということだ。

 「お前がこれと見分けられたなら、
  ケースの方も
  どこか大きく壊されたり剥がされたりしてもなかったのだろ?」
 「あ、うん。」
 「ならば、尚のこと、別な目的あっての略奪だったことになる。」

持ち主を脅したかった奴がいての企みで、
何なら取り戻せぬよう、証拠隠滅も兼ねて壊しゃあ確実だったれど、
モノに値打ちがあったんで壊すのは惜しいと売ったのか…と。
少々物騒な喩えを言う勘兵衛へ、
菊千代もさすがに息を飲んだが、

 「お主らはバイオリンを奪還したかっただけ、なのだろう?」

だったら奴らの狙いだの、黒幕が誰かだのには関心はないはずと。
これ以上は深入りするなという意も込めて、
そうとわざわざ口にしたらしい勘兵衛で。
とはいえ、

 「宿泊先とやらへ着いたら、儂もあっちを追うからの。」

マニッシュな私服へと着替えた女弁慶さんへ
そんな風に言い出す彼へ、
七郎次も“自分も”ということか苦笑混じりに頷いて見せる。
かすかな口許のほころびようから、
そんな意志を含ませた彼女なのがあっさり判り、
自分が口にした“あっち”を
素早く酌み取れたらしいところからして擽ったくてか、
ああとバックミラーを通して微笑い返した勘兵衛…だったが、

 「そも、儂らは顔を出さんほうがよかろうしの。」

そんな一言を…これは菊千代へとだろう、
肩越しに軽く振り返る素振りつきで付け足した。

 「え?」

実際には前を向いたまま、
小さな身じろぎだけで勘兵衛から指された側の菊千代が、
何だ何だとキョトンとしたのは、
いろいろ手短すぎて何が何やら飲み込めないままだったから。
送って行くと言ったのに すぐにも後を追うと言い、
だがだが、顔を出さぬ方がいい……って何処へだ?と、
ややもすると混乱中の女丈夫の傍らで、

 「逢っては行かれぬのですか? コマチ坊に。」

勘兵衛様もおいでな方が彼も安堵するのではと
そういう意味合いから、今度は彼女もまた小首を傾げた七郎次だったのへ、
ふふと味のある笑いようをした壮年殿。

 「無論、親御か教師か、
  共に来ておるだろう責任者へはコトの次第を話してゆくし、
  はしょっておくべきところも心得ておるが。」

微妙な手を使ったので、尚のこと、
何をどう訊かれても揺るがぬし、
言葉を濁しても職務上で押し切れる身だから誤魔化すのは容易という、
あんまり褒められはしないが、口八丁さでうまく乗り切るから任せよと
……いや、そこまで極端な意味じゃないのだろうが。
こたびの騒動の顛末だけに関して、
まだ何も知らぬだろう大人らを知らぬままにしておく方は任せよとして、だが、

 「コマチはまだ、何も思い出してはおらぬのじゃあないか?」
 「う……。」
 「あら。」

勘兵衛としてはそっちも考慮にあったらしい。
そして、菊千代が言葉に詰まったところを見ると、

 「もしかして、菊千代のことも自分自身のことも何にも?」
 「…………ああ。」

七郎次の案じるような問いかけに、かくりと首を項垂れさせ、
彼女自身も心持ち歯痒いか残念なのだろ心情を匂わせる。
婿になれとかいった約束はともかく、
そりゃあ仲のよかった相手、
しかも……

 “姿にも面影はたんと残っておいでですしね。”

ネットにもコンクールや表彰の記録映像が上がっていたので、
それを検索してこっちの面々も確かめたのだが。
男の子なのでと軽くシャギーの入った短い髪だったのも、
そこがまた何とも愛らしく。
何と言っても笑顔がそのまんまだったコマチ少年だったのへ、
うわぁと、あの寡黙な紅ばらさんまで歓声を上げたほど。

  とはいえ

 「無理から促して思い出させるものじゃないし、
  だったら儂らという顔が揃うのは要らぬ刺激を与えかねぬからの。」

論ずるまでもなしとして、さらりと述べた勘兵衛であり。
その静かなお声を項垂れたままで聞いていた菊千代も、

 「うん…俺としちゃあ思い出さなくてもいいと思う。
  いや、思い出さないほうがって。」

ぽつり応じた声は、案外と静かなそれであり。

 「菊千代?」

  だって俺は
  神無村が無事だったかどうかっていう
  肝心なところを覚えてないから

 「あ……。」

 どうやら、最後の最後、それを見届けないで逝ったらしい。
 そんな別れ方をしたなんて思い出させたくはねぇ。

 「……菊千代。」

そうだった、当時それは仲睦まじい間柄だったからには、
そこを思い出させるのが恐ろしいとも思うもの。

 “アタシは……”

膝においた白い手を見下ろし、ぎゅうと握りしめた七郎次だったのは、
そんな簡単なことを思い出せない迂闊さが恥ずかしかったのとそれから、

 “アタシには、そういうお別れって……。”

前の生で自分が逝ったの見届けたのは、
子をなした仲となり、そうまで添い遂げた蛍屋の女将だったし。
見送った人も多々あったはずじゃああるが、
再会出来た顔触れの中、
皆で見送ったよな格好の兵庫と五郎兵衛、久蔵以外のお人は全て、
自分に死に際知らせずいなくなった人ばかりだったから。

 『そりゃあ、ゴロさんを思い出したときは じわぁって来ましたよ?』
 『俺は、腹が立った。』

 久蔵殿、何ですか そりゃ。
 先に…
 兵庫さんは先に亡くなった身だから、
 今こうまで年が上かと思うと口惜しいと?

でもね、その理屈は変ですよ。
だって久蔵殿とヘイさんはアタシを置いて先に逝ってしまわれた、
でも今は同い年じゃないですか…と。
それこそ久蔵殿の誤解を解くため、
一度だけ、話題にしたことがありはしたけれど。
その時、随分とドライに引き合いに出せたのも、
自分だけ、今世での“再会”に当時の悲しさがついて来なかったからだろか?

 “…勘兵衛様だって。”

今度こそは見失いたくないとしていたのに、
そんな想いを知っていつつも振り払うよに、
何も言わずに姿を消してそのままになったお人。
そんなのちっとも優しくなんかないと、
むしろその情のなさを恨めしいとばかり感じていたほどで。

 “きっと
  アタシだけ思い出しが遅かったのは そんなののせいなんだ。”

勘兵衛との再会果たしてなお、
間近にいた征樹や良親をなかなか思い出せなんだように、
身を裂かれるような別離という痛い想いをしなかったから、
今頃 罰が当たってるんだと。
そうと思えば、胸の奥がつきつきして来もしたけれど。

 「お前らは“また逢えてよかった〜”なんて、
  当時は男で、今は対応力最強の女子高生だから、
  さしてめげずに受け入れられてるがよ。」

口に出さぬ気持ちが届かぬはしょうがないとは言え、そんな七郎次の傍らで、
他でもない菊千代がそうと言い出して。

 コマチはその逆で、
 あの頃は幼い女の子で、
 今はヴァイオリンなんてやってる繊細そうな男子だろ?

 「そりゃあ大変な想いをしたことを、
  繊細な身で受け止めにゃあならんのは、なんか気の毒でよ。」

それを思うと、自然にであれ、思い出させるのは惨いこととしか思えねぇと。
最後のほうは ごにょごにょとした言いようをした彼女であり。
そんなお声を聞くと、

 「………。」

どうしたものか…七郎次の頬へも暖かいものが込み上げてくる。
人の気も知らず、よくも言ってくれますねと、むっかり来たのも束の間で。
聞きようによっちゃあ立派な惚気と、気づいているやらいないやら、
乱暴そうな不良を相手に恫喝だけで追い払えるよな、
剣道に打ち込み、全国大会でも名を挙げんとしている女弁慶が。
どれほどヲトメな感情からコマチを案じているのか、
しかも自覚がないままだなんてね、と。
あっさりそれへと気がついて……

 “全然変わってないじゃないですか、そういうとこ。”

変わりないのが微笑ましいと、
こっちの胸の痞(つか)えまで、溶かしてくれた威力の凄さよ。
別に思い出してくれなくてもいいなんて、
相手のことを考えて、痛みを自分に引き取っちゃう。
そんな不器用な優しさを、
そういや自分もあのころの彼へ見たことが何度もあった。
我が身かわいさから野伏せり側へ通じ、
助っ人を呼んだことを漏洩したマンゾウを、
非力な百姓だもの ずる賢くたってしょうがねぇと庇ったり。
大事な見張りを放っぽり出して、
どうしても奥さんを奪還するのだと燃えていたリキチに
太刀の振り方を教えていたり。
正規の軍人だった自分には、
そんな些細なことも命取りになると、経験則で判っていたから、
そこで逸れるなんてこと、到底出来なかったのだけれども。
悪く言や 本格的な戦さを知らない素人の浅はかさながら、
そこが…総身を鋼に替えても変わらぬままだった
“彼らしさ”でもあったのだろて。

 “憎めない子でしたものね。”

恐らくは勘兵衛もまた、
そういう、放埒とも言いがたいおおらかさが、
危なっかしいからこそ放っておけなかったのだろと思われて。
本当は…自分もそっちを選べるものならばと感じたこと、
人としての“情”を優先してのあれやこれやを、
侍ではないからこそ衒いなく選んでしまえた彼が、
微笑ましく、且つ 目映かったのかも知れぬ。

 「…でもね、菊千代。」

こちらの組へと残ったのも、何かの采配、巡り合わせというならば、
自分の役目を果たさねばと思うたか、
白百合さんがふふふと笑い、

 「あんたはどうだったの?」
 「ああ?」

  だから、
  思い出したとき、俺って女の子だ〜、何ででござる〜って思った?
  ……いや。
  でしょう?
  ああそういや、あの頃は男だったんだっていう順番だったよね?

 「まあ、コマチちゃんは
  あんたが言うように繊細な子として育ってるみたいだから?
  そんな、ややこしいわ おっかないわな記憶なんて
  思い出さないに越したことはないんでしょうけれど。」

  でもね、あんたを思い出すことがいけないことだとは
  決めつけないほうがいいと思うよ。

車窓を流れるのはまだ浅い春の、
それでも目映い陽光に照らされている街路樹たち。
まだまだどの木も裸んぼだが、
よくよく見やれば木の芽がいっぱい。
暖かくなれば、南風が吹けばと
弾みを待って我慢している彼らを見やり、
一同を乗せた借り物のセダンは、一路 愛らしい転生人の少年の元へ、
道を急いでいたのでありました。




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  *そういえばシチさんって、
   この顔触れとのお別れに限れば、
   一番“送る側”に立ってた人だったんだなぁと思いまして。
   それで思い出すのが遅かったんでしょうか、○UN様?


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